お問い合わせ専用ダイヤル

0120-545-067

[受付時間]AM10:00~PM8:00(土日対応可能)

勉強お役立ちコラム

カテゴリー

2019.02.27

【歴史】年号の語呂あわせ、どれくらい知ってる? 第2回:中世~近世

 

 

前回に引き続き、年号の語呂あわせを覚えていきましょう。

 

日本史においては、前史の時代から平安時代までを「古代」、鎌倉時代から室町時代にかけてを「中世」、桃山時代から江戸時代までを「近世」、明治以降を「近代」、第2次世界大戦後を「現代」というふうに大まかに区分しています。今回は「中世」から「近世」までをとりあげます。鎌倉時代から江戸時代の終わりである幕末まで一気に進みますから、遅れないようについてきてくださいね。ではスタート!

 

【鎌倉時代】1192年:鎌倉幕府成立
1 1 9 2
いい国(いいくに)つくろう鎌倉幕府。
西暦1192年、源頼朝は平氏との争いに勝利し、征夷大将軍に任じられ、自分の本拠地である鎌倉に幕府を開きました。あまりにも有名な語呂あわせですが、鎌倉幕府の成立年を1192年とするか、それとも1185年とするかの議論については、また別の機会に触れることとしましょう。

 

【室町時代】1338年:室町幕府成立
1 3 3 8
いざ都(みやこ)で幕府を開こう。
後醍醐天皇は政治の実権を天皇のもとに取り戻そうと、諸国の武士に命じ鎌倉幕府を倒しました(1333年)。そして始まった後醍醐天皇の政治「建武の新政」ですが、その政治手法をめぐって、実際に幕府を倒した足利尊氏ら武士と対立することとなり、最終的に後醍醐天皇は都を追われ、奈良の吉野に逃れて別の朝廷を立てることとなります(南北朝時代)。足利尊氏は西暦1338年、征夷大将軍に任じられ、京都に幕府を開きます。これが「室町幕府」です。
※京都「室町」の地に自らの邸宅を建て、そこを幕府の政庁としたのは3代将軍・足利義満なので、初代・尊氏の時代から室町幕府と呼んでしまってもよいのかという議論もあります。

 

【室町時代】1467年:応仁の乱、起こる
1 4 6 7
人(ひと)の世(よ)むなしい応仁の乱。
西暦1467年、室町幕府8代将軍・足利義政の跡継ぎをめぐって有力な守護大名が対立し、京都から全国規模の内乱に発展したのが「応仁の乱」です。当時の幕府には各地の争乱を抑えるだけの力がすでに無く、将軍の権威は著しく低下しました。これ以降、日本は分裂状態に陥り、戦国時代の発端となったとされています。また、この戦乱の主戦場となった京都では、戦火によって多くの古文書や寺院など多数の文化財が消失しました。

 

【室町時代】1492年:コロンブス、アメリカ大陸(西インド諸島)に到達
1 4 9 2
イヨー、国(くに)が見えた。
日本が戦国時代に突入し、各地で戦乱が起こっていたころ、ヨーロッパでは大航海時代を迎えていました。西暦1492年、コロンブスはアメリカ大陸の西インド諸島に到達します。この頃のヨーロッパ各国(とくにスペイン・ポルトガル)は香辛料や金・銀などを求めて、アメリカやアジアへの進出を加速させます。ちなみに、コロンブスは自分の到達した土地がインド(アジア)ではなかったという事実を生涯認めませんでした。

 

【室町時代】1543年:鉄砲伝来
1 5 4 3
以後予算(いごよさん)かかる鉄砲伝来。
西暦1543年、現在の鹿児島県・種子島にポルトガル人を乗せた船が漂着しました。その乗組員から伝えられたのが鉄砲、いわゆる火縄銃です(鉄砲伝来)。これにより、戦国時代の戦術が大きく転換することとなり、のちの織田信長・豊臣秀吉による天下統一へとつながります。

 

【室町時代】1549年:キリスト教伝来
1 5 4 9
以後(いご)よく広めるキリスト教。
鉄砲の伝来により、ヨーロッパ各国に日本の存在が認知され、その航路が開拓されたことで、ローマ・カトリック教会はキリスト教を広めるために日本に宣教師を派遣しました。そして西暦1549年8月に来日したのが、かの有名なイエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルです。

 

【江戸時代】1603年:江戸幕府成立
1 6 0 3
人群(ひとむ)れ騒(さわ)ぐ江戸幕府。
西暦1603年、徳川家康が江戸に幕府を開いてからの260年あまりを江戸時代といいます。「天下泰平」という言葉が表すとおり、大きな戦乱もなく、文化も発展し、最盛期の江戸は世界最大の人口を抱える都市でした。

 

【江戸時代】1853年:黒船来航
    1 8 5 3
開国は、いやでござんす、ペリーさん。
西暦1853年7月8日午後5時ごろ、神奈川県浦賀沖に現れたのが、ペリー提督率いるアメリカ東インド艦隊、通称「黒船」でした。1825年に「異国船打払令」が出されているように、それまでもロシアやイギリスの船はちょくちょくやってきていました。アメリカからの黒船も例外ではなく、欧米諸国で当時唯一の交易相手だったオランダを通じて、事前に来航は予告されていたのです。日本の歴史において黒船の来航が重要視されるのは、これまで貿易を求めてくるだけだった外国が、軍艦を引き連れ武力威圧によって開国を要求してきて、ここから一気に幕府滅亡から明治維新にいたる、そのきっかけとなったからです。黒船来航から明治維新までの期間を、江戸時代の中でもとくに「幕末」といいます。

 

【江戸時代】1867年:大政奉還
1 8 6 7
人(ひと)はむなしい大政奉還。
幕末に入り、外国からの開国要求や、不平等な条約の締結等で、江戸幕府の威信や支配力は急速に低下していきました。もはや幕府が単独で政権を維持することは難しくなったため、朝廷の権威のもと、有力な大名を中心とした会議による政治体制に移行するべく、15代将軍・徳川慶喜は幕府の持っていた政治権力を朝廷に返上することを宣言します。これが「大政奉還」です。幕府側としては、これ以降も徳川家が日本の政治の中心であるつもりだったのですが、公家の岩倉具視や薩摩藩士の大久保利通らが、旧幕府の影響を徹底的に排除することを主張したため、のちの戊辰戦争、江戸城無血開城へと動いていきます。

 

いかがでしょうか。このシリーズでは有名どころの語呂あわせしかとりあげておりませんので、実際にはもっと細かく、たくさんの覚えるべき年号があります。大切なことは語句や数字を覚えることではありません。それぞれの出来事の背景や、なぜ起きたのか、その結果どういう影響があったのか、というふうに全体をとらえることが重要です。次回は最終回、明治時代以降の流れについてお話しします。